パーラ朝の仏教遺跡と美術

                     バングラディシュ(地図)         インドの仏教美術概略年表

  インドのビハール、ベンガル(インド東部とバングラディシュ)の両地方で栄えた美術で、インド仏教美術の末期を代表する。この時代

  にブッダガヤー、サールナート、ナーランダーなどの伽藍は増改築され、オーダンタプリー、ヴィクラマシラー、バハ-ルプルなどの伽藍

  が新しく造営され、同時にネパール、チベット、東南アジアの国々に大きな影響を及ぼした。

  しかし、12世紀の中頃に、デカン地方から進出してきたセーナ朝にとって代わられた。セーナ朝は、ヒンドゥー教を信奉したため、仏教

  は衰え、しかもセーナ朝は1世紀も満たずにイスラム勢力の侵入により滅亡し、仏教は壊滅した。(1200年頃)

パハールプル(Paharpur) (バングラディシュ、ベンガル地方)

   パハ-ルプルは古名をソーマプラ(Somapura)といい、発見された銘文によりパーラ朝第2代王ダルマパーラ(在位770年頃〜810年頃)

  の創建とみられている。バハ-ルプルの、幾何学的で四方に広がりをもつ様式はミャンマーのバガンをはじめとして、カンボジアのアン

  コール・ワットやインドネシアのボロブドゥールにいたる東南アジアへ広まっていった。

バハールプル大寺院 (8世紀後期−9世紀前期

世界遺産に登録されたインド亜大陸最大規模の仏教僧院祉であり、単独の仏教寺院としてはアジア最大であったと考えられている

パハールプル大寺院の全景

 この遺跡は、一辺約300mの正方形の囲壁の内側に177の房室があった。房室は小祠堂を兼ね、仏像を安置した

寺院の中央には、レンガ造りの大塔院が建ち、僧院の中央に塔院を設けた形式で、本来別個に建てられた僧院(ヴィハーラ)と塔院(チャイティヤ)が融合した伽藍を形成する

頂部の大詞堂より境内東側(土台が幾何学模様を描いている)

遺跡のレンガ塀

基壇及び大祠堂の方形プラン

十字型プランの基壇を階段状に数段積み重ね、その最上段中央に方形の高塔がそびえ、その四方に祠堂が付加する

パーラ朝は12世紀半ばに滅び、ヒンドゥー王朝のセーナ朝がとって代った後もこの建物は17世紀までたえず巡礼者を集めていた

大祠堂・頂部

頂部の四面には大きな仏像群(現在はない)を収容する四つの祠堂付設されていた

大祠堂 側面の廊下

この大塔が、れんがを積み重ねてつくられたのがよくわかる

基壇のテラッコタ・パネル

基壇には、パーラ朝美術の貴重な資料であるテラコッタ・パネルが約2800枚はめこまれている

基壇の拡大写真

基壇のテラコッタ・パネル(20〜40Cm)は、仏教尊像、ヒンドゥー教神像、人物、動物などを表した

基壇のテラコッタ・パネル(不動明王)

テラコッタ・バネルは、躍動感に満ちている

チャンダマハーローシャナ(不動明王)

右手に利剣、左手に羂索を持ち、左膝を地につけ右足を蹴りあげる。この不動明王が、バングラディシュにおける初見という。

パハールプルと同じ十字形大塔院であるインドのヴィクラマシーラ寺院では、昭和55年(1980)12月の調査で不動明王像が確認されている。

基壇のテラコッタ・パネル(戦士と鳥) 基壇のテラコッタ・パネル

基壇のテラコッタ・パネル(女性と子供、荷物を運ぶ男性、象)

基壇のテラコッタ・パネル

粘土が生乾きのうちにすばやく彫刻するという

基壇のテラコッタ・パネル(孔雀と人物)

 パーラ朝の仏教遺跡と美術・彫像                 アジアの宗教美術と博物館!

基壇のテラコッタ・パネル(蛇、動物)

テラコッタ像の表現は、粗野で民族的な性格が強い。しかし、動きのある表現で素朴な力強さがある

(撮影:2002年12月29日)