ハンピ(ヴィジャヤナガル)・Hamp(Vijyanagar) 

ハンピ(ヴィジャヤナガル)は、ヴィジャヤナガル王国の首都として1336年から1649年に亘る 約300年間、もっとも富裕で最大の都市として栄えた。最盛期は、

クリシュナデーヴァラーヤ王の時代(1509〜1529年)で、ヴィルーパークシャ寺院のゴープラム(塔門)やヴィッタラ寺院、クリシュナ寺院が王により建立された。

ヴィッタラ寺院(Vitthala Temple)

 ヴィッタラ寺院 (16世紀前期、カルナータカ州、ハンピ)              ハンピの地図

  ヴィッタラ寺院は、ヴィジャヤナガル王国の最盛期にクリシュナデーヴァラーヤ王により建立された。寺院は、王がインド西海岸遠征の折持ち帰ったヴィシュヌ像を祀る。

  境内を囲む周壁には三基のゴープラム(高塔)が設けられ、南インド様式のレンガ積み高塔を祠堂の上に載せた本殿と、壁で閉じられたアルダ・マンダパ、さらに三方に

  階段のついた吹き放ちのマハー・マンダパが連なっている。(インド美術、ヴィディヤ・デヘージア著、岩波書店)

  ヴィッタラ寺院は、完成度の高さと彫刻の密度において群を抜き、ヴィジャヤナガラ様式の最高傑作といわれている!

ヴィッタラ寺院、山車(だし)型のガルダ堂 (16世紀前半)

東ゴープラム(高塔)から入ってマハー・マンダパのすぐ手前にあり、ヴィシュヌの乗物であるガルダを祀る

二頭の象が山車(だし)を引く
山車(だし)の車輪は別個の石で造られていて回転できる 山車(だし)のなかにガルダの彫像が祀られている

山車(だし)型 ガルダ堂 細部

東ゴープラム(塔門)と山車(だし)型ガルダ堂

ヴィッタラ寺院には、実際に車輪のついた木製の山車が所有されていて、祭礼にはブロンズの神像を乗せて、1Kmほど続く祭礼用の道を行列したという

山車(だし)の側面(細かな彫刻が美しい)
山車の下部、ナラシンハ(ヴィシュヌの化身)の彫像 山車(だし)は、ラタともチャリオットとも呼ばれている

正面(東ゴープラム)方向から見たマハー・マンダパ正面とガルダ堂の背面

マハー・マンダパ広間外周の柱は、「束ね柱」の形式で、花崗岩の一本石からなり柱心を細円柱が取り囲むように彫っている

細い円柱は、ミュージックピラーと呼ばれ、たたくと、一本一本異なった音色で、透き通った音がでる

マハー・マンダパ(拝堂)

マハー・マンダパは、ヴィジャヤナガルがイスラム連合軍により陥落する直前の1554年に時の最高指揮官により寄進された

マハー・マンダパ(拝堂)中央の柱には、ヤーリという角の生えたライオンの形をした空想上の動物が刻まれている

ヴィッタラ寺院、アルダ・マンダパとレンガ積みの高塔を祠堂の上に載せた本殿

オープン・マンダパ、動物や文様の彫刻で荘厳された列柱

ヴィッタラ寺院 ヴィマーナ(本殿) (16世紀前半)

 宮廷地区の諸建築 (ハンピ)                   南インド、ヒンドゥー王朝の美術と寺院

ヴィッタラ寺院 南ゴープラム(塔門)

ヴィッタラ寺院は、ハンピ遺跡の東北端にある

(撮影:2008年3月19日)